事例6.中小企業の事業承継対策と大株主の認知症対策

事例

X(70)が代表取締役社長を務める乙社の株式は、7割をXが、残りの3割をXの兄Y(75)が保有しています。

Xは、副社長を務める長男A(40)に近々社長の座を譲る予定。株式の譲渡も、もう少し株価が下がるタイミングで実行したいと考えています。ただ、Xは持病を抱えており、もし急に倒れることがあれば、乙社の経営判断が不能となるリスクを顧問税理士から指摘されています。

一方、兄Yは、既に乙社役員を退任しており、将来的には株式を無償で長男Aに渡す意向です。しかし、兄Yが株式の贈与前に死亡すれば、その一人息子のBが株式を引き継ぐが、Bは長男Aと不仲なので、株主として経営へ口を出されることを危惧しています。

家族図

現状の問題点とリスク

①兄Yの保有株式が不仲なBに承継されると、経営に干渉される恐れがある

②Xや兄Yの相続時に株価が高ければ、相続税の納税負担が大きくなる恐れがある

③大株主のXが倒れると株主総会が開催できず、決算承認も役員改選も決議できなくなる

 

問題点やリスクに対する希望

①②⇒Xと兄Yの保有株式を株価が低いタイミングをみて確実かつスムーズに後継者である長男Aに渡したい

③⇒Xの体調に左右されない経営の安定を実現したい

解決策

(1)後継者でない株主の株式承継のリスクを回避
兄Yと長男Aの間で、乙社株式を信託財産とする信託契約を締結します。その後、今から兄Yの亡くなるまでの間において、株価が下がった適切なタイミングをみて、兄Yから長男Aに受益権の全部の贈与又は一部を少しずつ贈与します。これにより、実質的に兄Yから長男Aに生前贈与で株式を渡したことと同じ効果を出すことができます。

受益権の贈与と、通常の乙株式そのものを兄Yから長男Aに贈与する計画と、決定的に異なるのは、もし長男Aに兄Yの受益権全部(=実質的な30%の株式)を渡す前に兄Yが認知症になっても、信託の仕組みの中で「受益者変更権」(信託法第89条)という手法を使うことで、実質的に長男Aへの株の移動を完遂できる点です(通常の場合は、兄Yの判断能力が無くなれば、贈与はできなくなります)。信託契約書において受益者変更権者として指定された顧問税理士Vが、兄Yの判断能力低下後も受益権の全部又は一部をAに変更する旨の手続きを踏めますので、いわゆる「みなし贈与」により兄Yから長男Aへの株式の移動を完遂できます。

また、長男Aに受益権全部を渡す前に兄Yが亡くなっても、長男Aが引き継げるように信託契約に「遺言の機能」を持たせておけば、兄Yの株式はBに行くことを防ぐことができます。

つまり、一旦「株式信託」を導入しておけば、兄Yがどんな状態になっても確実に長男Aが株式を取得できるような仕組みができます・・問題①・②を解決

(2)経営判断不能となるリスクを回避し円滑な事業承継を実現
Xと長男Aの間でも、乙社株式を信託財産とする信託契約を締結します。これにより、Xが元気なうちは引き続きXが「指図権者」として乙社の株主総会における議決権を行使できます。その後、Xが倒れたり認知症になったら、その時は長男Aが受託者として議決権を行使できます。つまり、Xがどんな体調になっても株主総会が開催できるようになります。・・・問題③を解決

合わせて、上記(1)の信託契約と同様、Xが亡くなるまでの間に株価を見ながら生前に受益権(実質的には乙株式)を長男Aに移すことができます。・・問題②を解決

信託設計イメージ図

信託設計の概要

【信託契約1】
委託者:兄Y
受託者:長男A
受益者:兄Y ※ 株価を見てYの受益権をちょっとずつ何年か分けて又は一括で長男Aに移すことを想定
受益者変更権者:顧問税理士V
信託財産:乙社株式30%
信託期間:受託者及び受益者の合意 または兄Yの死亡
残余財産の帰属先:長男A

【信託契約2】
委託者:社長X
受託者:長男A
受益者:社長X ※ 株価を見てXの受益権をちょっとずつ何年か分けて又は一括で長男Aに移すことを想定
指図権者:社長X(Xが元気な間に限定)
受益者変更権者:顧問税理士V
信託財産:乙社株式70%
信託期間:受託者及び受益者の合意 または社長Xの死亡
残余財産の帰属先:長男A

その他ポイント

・受益者変更権者による「みなし贈与」
信託受益権(その内容は乙社株式の財産的価値)は、本来受益者(社長Xまたは兄Y)の固有財産であるので、もし無償で長男Aに渡したい場合は、受益権の全部又は一部の「贈与」をすることになります(これにより実質的に乙社株式を贈与した効果が発生)。

「贈与」は、贈与者と受贈者の契約により成立するので、贈与者(受益者)が元気なうちでないと有効に契約として成立できません。

そこで、受益者の体調や判断能力に影響されない受益権の移動を実現するには、「受益者変更権者」を置いて、その者の意思表示だけで受益権を移動できるようにできます(信託法第89条)。「受益者変更権」の行使により、株価の低いタイミングで実質的な乙社株式の生前贈与に準じた株式の円滑な移動が実現できます(みなし贈与)。

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