事例
長男A(84)は、亡くなった父親所有のアパート(収益物件)を、二男B(80)・三男C(78)とで3分の1ずつ共同相続しました。アパートの管理は甥のY(Bの子)が行い、定期的にABCへ賃料収入の分配も行っています。
兄弟間には、老朽化が進んできたアパートをいずれ売却して精算しようという漠然とした合意がありますが、時期は未定です。
最近、長男Aの体調が悪く、物忘れもひどくなってきました。長男Aの相続人は海外に居住する一人息子Xのみですが、二男Bや三男Cとは関係が良くありません。もし不動産の共有持分3分の1をXが承継すると、円満な共有関係が崩れ、二男Bと三男Cがアパートを売ろうとしても息子Xが反対するかもしれません。
また、高齢な二男B三男Cも持病を持っているので、長男Aだけの問題ではなく、将来的にスムーズな売却と共有者3人の認知症や大病、相続発生による売却手続きの頓挫も兄弟間で懸案事項となってきました。
家族図
現状の問題点やリスク
①息子Xが将来不動産の共有持分を相続すると、円満な共有関係が崩れ賃貸経営や不動産処分に支障が出る恐れがある
②兄弟ABCとも高齢のため、認知症や相続発生などによる売却手続きの延期や頓挫のリスクがある
問題点やリスクに対する希望
①⇒不動産の共有状態を実質的に解消して、将来の資産塩漬けリスクを回避したい
②⇒高齢の各共有者の認知症や相続等による資産凍結リスクを回避したい
解決策
(1)口頭で託されていた賃貸業を信託契約で明文化
甥Yはこれまでこのアパートの賃貸管理を担っていたので、実質的に既にABCから信託されていたようなものです。しかし、口頭で託されたと言っても、実務上限界がありますので、兄弟ABCは、アパートの各共有持分を信託財産として、それぞれYとの間で信託契約を交わし、Yに管理処分権限を一括で託します。Yは受託者として、これまでと同様引き続き賃貸アパートを管理し、賃料収入は引き続きABC分配します(ABCが各信託契約の委託者兼受益者となる)。
(2)権限を集約し実質的な共有状態の解消
3本の信託契約により、賃貸アパートの管理処分権限はY一人に集約できます。これにより、実質的な不動産オーナーであるABC全員の同意・署名押印は要せず円滑な管理と処分が実現できます・・・問題①を解消
(3)各共有者の事情に影響されない不動産売却
アパートの売却前にABCのいずれかが認知症等で判断能力が喪失しても、あるいはABCのいずれかが死亡して新たな財産承継者が出現しても(非協力的なXが受益権を引き継いでも)、受託者Yが単独で売却手続きを完遂できます・・・問題②を解消
信託設計イメージ図
信託設計の概要
【信託契約1】
委託者:長男A
受託者:甥Y
受益者:①長男A ②息子X
信託財産:アパートの持分3分の1と現金
信託期間:Aの死亡かつアパート売却手続き完了まで
残余財産の帰属先:信託終了時の受益者
【信託契約2】
委託者:二男B
受託者:甥Y
受益者:①二男B ②甥YとYの妻
信託財産:アパートの持分3分の1と現金
信託期間:Bの死亡かつアパート売却手続き完了まで
残余財産の帰属先:信託終了時の受益者
【信託契約3】
委託者:三男C
受託者:甥Y
受益者:①三男C ②息子Xと甥Y
信託財産:アパートの持分3分の1と現金
信託期間:Cの死亡かつアパート売却手続き完了まで
残余財産の帰属先:信託終了時の受益者
その他ポイント
・換価処分後の金銭も老後資金として管理できる
アパート売却後の金銭管理もABCが亡くなるまで、信託の仕組みの中で実行できるので、成年後見制度を利用すべき特段の事情がなければ、家族信託の仕組みだけでABCの老後のサポートができる可能性があります。
家族信託の典型的活用事例 10
- 事例1. 認知症による資産凍結を回避しつつ相続税対策を完遂したい
- 事例2.子のいない長男夫婦を経由しつつ財産を確実に孫(直系)に渡したい
- 事例3.認知症の妻に財産を遺した上でその次の資産の承継者も指定したい
- 事例4.唯一の不動産を兄弟で平等相続させつつ将来のトラブルも防ぎたい
- 事例5.共有不動産を巡るトラブル防止策~兄弟で共有する不動産の塩漬け防止~
- 事例6.中小企業の事業承継対策と大株主の認知症対策
- 事例7.株式を後継者に生前贈与しながらも経営権を保持する事業承継策
- 事例8.空き家となる実家の売却と売却代金の有効活用をしたい
- 事例9.遺言の書換え合戦を防ぎ生前の遺産分割合意を有効に
- 事例10.親なき後も障害のある子を支えつつ円満な資産承継を実現したい